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随想と作品一覧

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NO.58 虫食い竹葉

photo:NO.58 虫食い竹葉
散歩で虫食い竹葉を見付け、喜び勇んで絵にしたのが上の絵であるが、遠景が気に入らないままアトリエに掛けていた。それを杉野押花アカデミーの生徒さんが見て、よく似た絵を福岡市のアジア美術館での押花展示会に出品した。虫食いのない竹の葉を使用し、遠景の色調もよく、全展示作品の中では最高の出来と私は評価した。それは昨年のことであったが、今年も上記生徒さんの作品が、大規模の押花展であるにも係らず、最高の作品であったと私思っている。
杉野押花アカデミーの生徒さん達が、私を越すまでに成長して行く姿は、師としてこの上ない喜びである。

NO.57 しろみずひき

photo:NO.57 しろみずひき
この絵は私の家の玄関に入ったら真正面に見える位置に、特製の衝立に入れて置いている。土手の斜面からしろみずひきの線状の茎が夕刻の空を背景に多数立ち並んでいる景であるが、2年程前設置したまま動かしていない。毎日見て飽きないからであるである。
洋画ではとても描けない景であり、押花絵の持つ独特の世界であろう。訪れる客が、この絵を見ると心が癒されるという。

NO.56 白いちがやの穂

photo:NO.56 白いちがやの穂
漢字では茅と書く。大牟田地方ではツバナと呼ぶ。
本業に忙しく、しばらくブログを書く暇が無かった。久し振りの再開である。
絵は夜景に見るチガヤの集落である。応接間に飾っているので毎日見るが、バックが暗過ぎたようである。グレイと紫ぐらいにした方がよかったかもしれぬ。
しかし白い穂の居並ぶ姿は、採集した現地に立っている気持になり、心が癒される。

NO.55 赤紫の実

photo:NO.55 赤紫の実
使用した素材は野ぶどうと思うが、貰い物であるため確かでない。こんな素材で絵を作るときは、中心となるもの、この絵では赤紫の実、が画面の中で美しく見えるように、構図とバックの配色を注意すればよいので比較的作りやすい。洋画的雰囲気の絵に仕上ることも好ましい。
それで野ぶどうとか野いちごのような構えの大きな素材も手に入れたいが、私の場合は遠出しなければならない。散歩道や通勤道路での採集では、自然界の極く小さな世界での活動でしかないことが残念である。

NO.54 おおでまり

photo:NO.54 おおでまり
誰からか戴いた枝付きの白い花である。名前もそのとき教えてもらった。
手に取って眺めていると、気品さを感じたので、その感じを大切にして、構図その他をまとめてみた。作品としての出来上りは、良いか良くないか、人に判断を委ねなければならないが、我が社の社員の一人が、此の作品には私が唾を付けると言っていた(他人に取られないようにと云う意味である)。

NO.53 やまぶき

photo:NO.53 やまぶき
八重のやまぶきの花の枝付きを材料に作った絵である。構図もバックの色調も無難にまとまったように思う。
問題はやまぶきに限らず、菜の花も、黄色が経時変色して色褪せることである。技術的問題であるが、改善しなければ、構図が良くても良い押花絵として評価することは出来ないであろう。思えば押花絵には問題が沢山残っている。

NO.52 さくらの花

photo:NO.52 さくらの花
さくらの花は、乾燥して押花にすると、花弁が薄くなり、バックに濃い色を塗ると、その色が少し透けて見えるので、淡く上品なさくらの花の風趣が無くなる。
ために透けて見えないような対策が必要であるが、その対策として或る処理をしたのが、上掲の絵の枝付き桜である。処理は成功したように思えるが、未だ検討中のため発表は控えさせていただく。

NO.51 晩秋の野ぶどう

photo:NO.51 晩秋の野ぶどう
枯れ際の野ぶどうの姿である。葉は半分枯れている。黒い実を着けた房が美しかったので絵にしてみた。
作画技法は黒い房が、より美しく見えるように、バックの色調を工夫する、という従来の技法であるが、この技法が押花絵には非常に有効であることを示す良い例となった。
また自然界の草の姿が、こよなく美しいことを示す例ともなった。
私は自分の作画技法を通して、自然界の草の美しさを押花絵に定着せしめ、多くの人に見てもらって、草の美しさに気付いてもらいたいと思っている。

NO.50 野いちご

photo:NO.50 野いちご
この野いちご素材は、例のFさんから貰った。切取って直ぐ持ってきていただいたらしく、葉に萎れがなく赤い実も輝いていた。
作画には余り苦労が無かった。赤い実が画面の中央部分で、より赤くより美しく見えるように、バックの色調や緑の葉の配置を考えればよいからである。
私としては良い作品が出来たと満足しているが、この作品の良否を判断してくれる評論家が押花の世界には、未だ居ないことが残念である。当面は名高い画家や美術評論家に頼らざるを得ないのだろうか。

NO.49 紅葉のつたかずら

photo:NO.49 紅葉のつたかずら
数年前、家内の運転する車で近郷の温泉に出掛けた。目的は道路脇の押花材料探しである。車をゆっくり走らせ、私は目を凝らして道路脇を観察する。
そしたら途中で紅葉した“つたかずら”を見つけた。喜び勇んで採集し、持ち帰って作ったのが上掲の押花絵である。
絵は構図もバックの色調も、一応満足的であるが、この種の絵すなわち葉と枝の組み合せの絵では、勿論葉が主役であるが、脇役の枝の配列や構図も非常に大切であることを、最近感ずるようになった。
此の問題は大きいので、他に恰好な例があったときに説明したい。

NO.48 咲き乱れるタデ

photo:NO.48 咲き乱れるタデ
秋の野に咲き乱れる赤いタデの姿である。当地では田舎の畔道で普通に見掛ける。上掲のタデは、日課にしている夕刻の散歩のさいに採集した。
散歩に出掛けるとき私は、小さな鋏を入れた手提げ袋を持って行き、気に入った草花があったら採集して手提げ袋に入れて持ち帰る。
このような日課が5年も続いているが、上掲のタデを摘んだ時、鋏を無くしてしまった。始めての出来事である。
家に帰って別の鋏を用い、手に乗せて、鋏が滑り落ちるときの手の感覚を調べてみた。そしたら意外に感覚が鈍いのである。他に気が向いているときなどは気付かないだろうと思う程の鈍さであった。